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名古屋高等裁判所 平成8年(う)210号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、名古屋高等検察庁検察官河野芳雄提出の名古屋地方検察庁豊橋支部検察官宮本芳孝作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人内田実作成の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

所論は、本件公訴事実は、「被告人は、(1) 昭和六〇年一〇月一二日横浜地方裁判所で常習累犯窃盗罪により懲役三年(同六三年一一月一九日刑執行終了)に、(2) 同六三年一二月二六日同裁判所で強盗致傷罪により懲役四年に、(3) 平成五年九月七日名古屋地方裁判所豊橋支部で常習累犯窃盗罪により懲役二年四月に各処せられ、いずれもそのころ右各刑の執行を受けたものであるが、更に常習として、平成八年五月二三日午後三時四四分ころ、愛知県豊橋市佐藤町字山崎一七番地の一株式会社エイデンサカキヤホームセンター豊橋店において、同店店長小澤繁樹管理の手提げバッグ一個ほか一〇点(時価合計約一万六五二〇円相当)を窃取したものである。」というのであり、刑法二四〇条(強盗致死傷)の罪により受刑した(2)の前科は、盗犯等の防止及処分に関する法律(以下「盗犯等防止法」という。)三条が「其ノ行為前十年内ニ此等ノ罪又ハ此等ノ罪ト他ノ罪トノ併合罪ニ付三回以上六月ノ懲役以上ノ刑ノ執行ヲ受ケ又ハ其ノ執行ノ免除ヲ得タルモノ」と規定する「此等ノ罪」(以上この罪を「受刑前科」という。)に含まれるのに、原判決が刑法二四〇条の罪についての前科はこれに含まれないとして常習累犯窃盗罪を認定しなかったのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈適用の誤りである、というのである。

そこで、記録を調査し当審における事実調べの結果を併せて検討すると、盗犯等防止法三条の受刑前科には、同法二条に掲げられた罪、すなわち刑法二三五条(窃盗)、二三六条(強盗)、二三八条(事後強盗)、二三九条(昏酔強盗)の罪とこれらの未遂罪が規定されているだけであるが、以上列挙の各罪のみならず刑法二四〇条(強盗致死傷)の罪も含むと解するのが相当であるから、本件について、前記横浜地方裁判所が認定したような強盗致傷の罪(刑法二四〇条前段、二三八条)は受刑前科に含まれるというべきである。

原判決は、(事実認定の補足説明)において、刑法二四〇条の前科は受刑前科に含まれないと解される理由として、〈1〉 盗犯等防止法三条が引用する同二条は、刑法二三五条、二三六条、二三八条若しくは二三九条の罪又はその未遂罪とのみ規定して、刑法二四〇条を掲げていない一方、盗犯等防止法四条は、常習として刑法二四〇条前段若しくは二四一条前段の罪又はその未遂罪を犯した者についての加重処罰を規定していることからすると、盗犯等防止法二条は刑法二四〇条を除外して規定されたものと解される、〈2〉 刑法二四〇条前段の法定刑が無期又は七年以上の懲役、同条後段の法定刑が死刑又は無期懲役であることからすると、盗犯等防止法三条を規定するにあたり刑法二四〇条所定の罪を犯した前科のある者が、一〇年内に三回以上六月の懲役以上の刑の執行を受けることになるとまで、立法にあたり予想されていたか疑問がある、〈3〉 刑法二四〇条には結果的加重犯の場合のみではなく、傷害又は死亡の結果について故意のある場合も含まれるから、刑法二三六条などとは犯罪類型が大きく異なる場合もあり、そのような場合の前科を受刑前科の条件を満たすと解する必要はない、と判示する。

しかし、〈1〉のうち、刑法二四〇条を掲げていない点につき、盗犯等防止法三条の引用する同二条が前記各罪のみを掲げているからといって、それゆえに受刑前科がこれらの罪に限定されるとはいえない。現に同条に掲げられていない盗犯等防止法二条、三条の各罪が受刑前科に含まれることは解釈上明らかである。次に、盗犯等防止法四条との関係につき、同条は、刑法二四〇条前段の罪、同法二四一条前段の罪、その未遂罪を常習として犯した者にそれだけで刑を加重しているが、前記強窃盗の各罪を常習として犯した者については、盗犯等防止法二条規定の危険な方法で常習として犯したとき、または盗犯等防止法三条規定の一〇年内に受刑前科の罪で三回以上六月の懲役以上の刑に処せられていたとき、刑が加重されるのであり、常習性のほかに他の要件が加わっている。そうすると、刑法二四〇条前段の罪などを常習として犯した者に対する加重規定である盗犯等防止法四条の規定があるから、これらの罪の常習者が同法二条、三条の適用を受けないことは明らかであるが、そうだからといって理論上当然に、強窃盗の常習者について盗犯等防止法三条により刑の加重される他の要件である受刑前科からも刑法二四〇条の罪の前科が除外されているとはいえない。

〈2〉の刑法二四〇条の法定刑に照らし立法にあたり予想されていたか疑問であるとの点につき、刑法二四〇条の法定刑は原判決指摘のとおりであるが、刑法二四〇条の罪を犯して長期の刑に服した者でも当該行為前一〇年内に三回以上受刑前科の罪で六月の懲役以上の刑の執行を受けることになることが全くないとはいえないし、その犯人が常習として強窃盗を犯せば、盗犯等防止法三条の犯罪が成立することは明らかである。そうすると、盗犯等防止法制定当時原判決指摘のような事態が予想されていたかどうかはともかく、刑法二四〇条の法定刑が重いことを理由に受刑前科に含まれないとはいえない。

〈3〉の犯罪類型が大きく異なる場合もあるとの点につき、確かに刑法二四〇条には、強盗致傷、強盗致死、強盗傷害、強盗殺人など様々な類型が規定されていて、その罪の保護法益も財産に対するより身体生命に対する罪としての面が重視されているとはいえ、いずれも基本的には強盗罪の加重類型の犯罪であって、強盗と犯罪類型が大きく異なるとはいえない。窃盗犯人が逮捕を免れる目的などで反抗を抑圧するに足りる暴行を加えた結果人を致死傷に至らせるという、事後強盗による強盗致死傷等の場合、それは窃盗から強盗へ、更には強盗致死傷等へと順次発展した形態であり、社会的行為としてみると強盗とはもとより窃盗とも類型を共通にする部分がある。

これらによれば、受刑前科の中には、刑法二三六条、二三八条などと犯罪類型を同じくする刑法二四〇条の罪をも含むと解するのが相当であり、原判決の見解には賛同できない。

関係証拠によれば、被告人は、昭和六三年七月一六日横浜市中区伊勢佐木町内のスーパー二階男物衣料品売場で店長管理の半袖シャツ一枚等を窃取し、同店南東側路地を歩行中、犯行を現認した警備員から通報を受けた同店員に逮捕されそうになり、逮捕を免れる目的で頭部、顔面等を手拳で殴打し右手指に噛みつくなどの暴行を加え、全治約一〇日間を要する右手咬創等の傷害を負わせ、同年一〇月二六日横浜地方裁判所で刑法二四〇条前段(二三八条)の罪により懲役四年に処せられ、同裁判は同年一二月二六日確定し、右刑の執行を受けたことが認められるところ、右の罪は盗犯等防止法三条所定の受刑前科に該当する。更に、被告人には、本件行為前一〇年内に常習累犯窃盗罪で懲役三年と懲役二年四月の刑の執行を受けた受刑前科二犯がある上、今回常習として原判示窃盗を犯したと認められる。そうすると、被告人には常習累犯窃盗罪が成立するから、窃盗罪を認定したにとどまる原判決には法令適用の誤りがあり、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和六〇年九月二六日横浜地方裁判所で常習累犯窃盗罪により懲役三年(同年一〇月一二日確定して刑の執行を受け、同六三年六月九日仮出獄、同年一一月一九日刑執行終了)に、同六三年一〇月二六日同裁判所で強盗致傷罪により懲役四年(同年一二月二六日確定して刑の執行を受け、平成四年一二月二五日刑執行終了)に、平成五年八月二三日名古屋地方裁判所豊橋支部で常習累犯窃盗罪により懲役二年四月(同年九月七日確定して刑の執行を受け、同七年一一月二二日刑執行終了)に各処せられ、いずれもそのころ右各刑の執行を受けたものであるが、更に常習として、同八年五月二三日午後三時四四分ころ、愛知県豊橋市佐藤町字山崎一七番地の一株式会社エイデンサカキヤホームセンター豊橋店において、店長小澤繁樹管理の手提げバッグ一個ほか一〇点(時価合計約一万六五二〇円相当)を窃取したものである。〈以下省略〉

(裁判長裁判官 土川孝二 裁判官 柴田秀樹 裁判官 河村潤治)

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